最近思ったこと

 ゴスロリやギャル系などの世間的に見てちょいと逸脱気味なファッションは、現代的な視点で見るから逸脱なのであって、中世の概念である「傾奇者」としてみれば大丈夫なのではないだろうか。理解できない異なる存在ではなく、前田慶次のような「傾奇者」だと思えば「風流せい、風流せい」と温かい目で見ることができるのではないか?